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CrankTokyoで出会った車とそのオーナー様についてご紹介をさせて頂きます。本シリーズの第7回目は、長谷部安弘さんと、ポップアップヘッドライトが愛らしい1972年式のPorsche 914 2.0のご紹介です。 長谷部さんとCrankの出会いは1年半ほど前のこと。雑誌「ENGINE」でCrankのマッチングサービスの記事を発見した長谷部さん。「マッチングとはなんぞや?」と気になり場所を調べると勤務先のすぐそばだったことから、早速店舗に足を運んでくださいました。 お父様が自動車メーカーに勤めていた影響もあり、昔から車好きだったという長谷部さん。大手出版社にお勤めでいらっしゃる頃から、定年退職をしたらヴィンテージカーを手に入れたい!と考えていたそうです。検討をしていく中でフェラーリも視野に入れていましたが、日常使いができるというポイントも大切と思い定年退職の日まで何度もCrankに足を運んでいただきお話を重ねていきました。 1972年、914/6より後に追加された、2.0リッター水平対向4気筒エンジンを積んだ914。長谷部さんはこの車を見た瞬間「ピン!」と感じられたとのこと。運命的な出会いだったのかもしれません。 ヴィンテージカーのある暮らしに期待でいっぱいの長谷部さん。まずは近所を少しずつ走らせながら、いつかはCrankまで運転して調子を見せに来たいとお話しいただきました。 この度はCrankTokyoにてお車のご紹介をさせて頂きありがとうございました。今後もカーライフのサポートをさせて頂ければ幸いです。これからも、車と人のお話を掲載して行く予定です。次回もお楽しみに。
CrankTokyoでご紹介させていただいた車と、新しいオーナー様について、ご紹介をさせて頂きます。本シリーズの第6回目は、高山煉瓦建築デザイン代表の高山登志彦さんと、クラシカルな中にアウトドアの雰囲気も漂う2006年式のMercedes Benz G500Lのご紹介です。 高山さんは、高山煉瓦建築デザインの三代目煉瓦匠として、数々の歴史的煉瓦建築に携わっています。山口県のご出身ということもあり、昔から車は欠かせない相棒だったったとのこと。以前AMG CL63に乗っていたころは、休日にクルマを走らせスピードを感じるのが好きだったそうですが、だんだんとその気持ちも落ち着き、次に乗るならGクラスだろうと考えていたそうです。 ネットでクルマを探していく中で出会ったのが、この白いG500L。しかも、クルマの後ろに映る建物には見覚えのある煉瓦が。なんとCrank店舗のある「竹橋PREX」というビルの1階の煉瓦を積んだのが高山さんの会社だったのです。そんなご縁もあり、Crankに足を運んでくださった高山さん。代表の林とお話していく中で、「マニアックな車のことも知っていて、何かを突き詰める繊細な部分や感性に、職人と似たものを感じた」そうで、Crankでの購入を決めてくださいました。 仕事上、うしろにレンガや職人道具をのせて現場に行くことが多いという高山さん。Gクラスは元々軍用車なので、現場でも違和感がなく仕事でも活躍しているとのこと。「建築界で乗られている車は大体決まっているけれど、職人の世界でも粋なクルマに乗る流れが出てくれば」と言う思いをお話してくださいました。 Gクラスは日々の通勤で乗ったり、プライベートではキャンプもしたりと大活躍。これからも大切な「相棒」として、楽しんでいただければ幸いです。 この度は、CrankTokyoにてお車のご紹介をさせて頂き、ありがとうございました。今後もカーライフのサポートをさせて頂ければと思います。これからも、車と人のお話を掲載して行く予定です。次回もお楽しみに。
CRANKでは毎月店内BGMを西麻布にお店を構えるQWANG(クワン)のオーナ・バーテンダー長谷川さんに選曲いただいてます。店内では、「今月の3枚」というコンセプトで毎月ご紹介いたしております。 マデリン・ペルーの1996年にリリースされたデビューアルバムです。マデリンはアメリカ・ジョージア州で生まれニューヨークで育ちましたが、両親の離婚で13才の時にフランス・パリに引っ越す事になりました。2年後の15才の時には地元のジャズバンドと一緒にストリートで歌うようになり、以後いくつかのグループに参加してヨーロッパを拠点に演奏をする事となりました。アメリカのレコード・レーベル、アトランティックに見出され96年にこのアルバムでデビューして、その後8年間もの間何の音沙汰も無く2004年に名盤「Careless Love」で復活してからは何度かレーベルを変えながら良質な音楽を現在まで作り続けています。本作ではビリー・ホリデイやベッシー・スミス、ファッツ・ウォラーらが歌った30~40年代の曲を中心に演奏していて、マデリンも自作の3曲を披露しています。バックで参加しているミュージシャンも素晴らしいです。ギターやドブロで燻銀のプレイをしているのは名バイプレイヤーのマーク・リーボウ、オルガンやアコーディオンではEストリート・バンドのチャールズ・ジョルダーノ、ピアノにサイラス・チェスナットといった人達のサポートを受けたマデリンのヴォーカルはビリー・ホリデイの再来と言われることが多いのですが、どこかヨーロッパの郷愁と時空を飛び越えた懐かしさがある様に感じます。 イギリスのグループ、フェアグラウンド・アトラクションが1988年にリリースした最初で最後のアルバムです。スコットランド・グラスゴー出身のヴォーカリスト、エディ・リーダーは10代の頃から路上やサーカス団と共にヨーロッパ中で歌い、次第にセッション・ヴォーカリストとして評価されていきます。活動の拠点をロンドンに置きはじめた頃、ギターリストでありソングライターのマーク・ネヴィンと出会い意気投合し、ギタロン(メキシカン・ベイス)奏者のサイモン・エドワーズ、ドラムズのロイ・ドッズらとフェアグラウンド・アトラクションを結成します。小さなライヴハウスでの演奏が続きましたが88年4月に発表したシングル「Perfect」がいきなりUKチャート1位に、翌5月にリリースされたのが本作です。翌年のブリット・アワーズでベスト・シングルとベスト・アルバムを受賞して最高のスタートを切ったバンドですが同年のセカンド・アルバムの制作中に意見の相違から解散してしまいます。エディの真っ直ぐで誠実な歌唱とマークの卓越したソング・ライティング、楽曲に寄り添った最小限の演奏で構成された珠玉の14曲は、莫大な予算と物量が投入された80’sの音楽界の中では明らかに異彩であったにも関わらず、今もなお輝き続けている「宝石」の様なものだと思います。 当初、今月は全て女性ヴォーカルのアルバムを選択するつもりでしたが、今ウクライナをはじめ世界で起きている状況を鑑みてこのアルバムをお薦めします。マーヴィン・ゲイが1971年にリリースしたアルバムです。60年台に旺盛を極めたソウル・ミュージックはシングル曲中心の市場でしたが、このアルバム以降アルバム全体での作品作りが始まったと言われています。それまで主にソングライターから提供されたラヴソングを歌っていたマーヴィンでしたが、全ての楽曲制作とプロデュースも自分でやるという事は当時ではあり得ない事だったのです。組曲の如く美しいメロディの楽曲が続きますがそのメッセージは強烈です。反戦や貧困、差別、環境破壊、他者への愛。この場で政治的なメッセージはあまりそぐわないかもしれませんが、ソウル・ミュージックの金字塔と言われ続けているあまりにも有名な作品ですし、なにかのきっかけと思ってもう一度聴いてみてはいかがでしょうか。
CrankTokyoでご紹介させていただいた車と、新しいオーナー様について、ご紹介をさせて頂きます。本シリーズの第四回目は、「月刊 目の眼」発行人の櫻井恵さんと、アーデン仕様の内装が極上な1993年式のDaimler Double Sixのご紹介です。 櫻井さんは「月刊 目の眼」という古美術・骨董の冊子を発行されています。そんな審美眼を持った方に選ばれたこのDaimler Double Six、すらっと伸びたボディが美しく、メタルパーツもまるで美術品のように輝き、現代の車とは一味違った不思議な魅力を放っています。 この車がデビューした1993年という年は、櫻井さんが社会人になった年でもありました。仕事で訪れたイギリスでも走っているのを見かけ、カジュアルに乗っている様子にも憧れがあったそうです。「やっとこういう車に乗っても良いと思う年齢になった」と話す櫻井さん。ウッドとレザー内装の柔らかな雰囲気がとてもお似合いです。 櫻井さんは普段使いとしてminiにも乗られており、この年代の車は久々とのこと。遠くに行かずとも、ゆったりと走るだけで楽しめるDouble Sixに乗って、街でのドライブを楽しみたいと、お話してくださいました。 この度は、CrankTokyoにてお車のご紹介をさせて頂き、ありがとうございました。今後もカーライフのサポートをさせて頂ければと思います。これからも、車と人のお話を掲載して行く予定です。次回もお楽しみに。
CrankTokyoでご紹介させていただいた車と、新しいオーナー様について、ご紹介をさせて頂きます。本シリーズの第三回目は、建築家の土田拓也さんと、ルビーレッドのボディが美しい1997年式のMercedes Benz G320Lのご紹介です。 「no.555 一級建築士事務所」にて代表を勤める土田さん。納車の際にお邪魔させていただいた事務所は、なんと築128年。市の認定文化財にもなっている洋風の可愛らしい建物で、まるでヨーロッパにいるような雰囲気を感じさせます。 はじめは黒のGクラスを探していたという土田さんですが、instagramにて偶然Crank Tokyoの投稿を発見。写真の雰囲気を気に入ってくださり、お問い合わせをいただきました。ワインレッドカラーのゴルフ・カブリオにも乗られている土田さん。偶然にもレッドカラーの車が揃いました。 納車時に操作のご説明やお話をしながら、テストドライブ。年式もちょうど良く、余計な装飾もついていない仕様は、他のGクラスをみても中々見つからなかったとのこと。まさに出会うべくして出会った1台と、お話してくださいました。納車後は早速、Gクラスのトラック感とクルーズ感を楽しんでいただけているとの嬉しいご報告もいただきました。 この度は、CrankTokyoにてお車のご紹介をさせて頂き、ありがとうございました。今後もカーライフのサポートをさせて頂ければと思います。これからも、車と人のお話を掲載して行く予定です。次回もお楽しみに。
CRANKでは毎月店内BGMを西麻布にお店を構えるQWANG(クワン)のオーナ・バーテンダー長谷川さんに選曲いただいてます。店内では、「今月の3枚」というコンセプトで毎月ご紹介いたしております。 スティーリー・ダンが1974年にリリースした3rdアルバムです。1967年の秋にニュー・ヨークにあ るバード大学に入学した一人の青年、ウォルター・ベッカーが部室でギターを弾いていたらその 音に惹かれてやって来たもう一人の青年ドナルド・フェイゲン、ともにジャズを聞いて育った二人 は意気投合して一緒に曲作りを始めることになりました。当初は他のアーティストへの楽曲を提 供することを想定して活動を始めましたが、フェイゲンが作る難解な歌詩と当時流れていたどの音 楽とも違うことから、殆どオファーされることが無くとうとう自分達でメンバーを集めてバンド を作り1972年に『Can’t Buy A Thrill』でデビューします。結成当初からライヴ演奏よりもスタジ オでの音作りに重点を置いた活動は他のメンバーの理解はなかなか得ることが出来ず、この3作目 の本アルバムの制作後にはベッカーとフェイゲン以外のメンバーは去っていきました。デュー ク・エリントン作の5曲目以外全て二人の楽曲で構成された本作は、前2作よりもジャズやブルー ズへのアプローチを感じる内容で6曲目はチャーリー・パーカーに捧げたポップなナンバーです。 グループ最大のヒット曲となった「Rikki Don’t Lose That Number」は大学時代、あるパーティー でフェイゲンが出会ったリッキ・デュコーネットという女性のことを歌っていて、彼女はその時 すでに結婚していましたが、フェイゲンは自分の電話番号を紙に書いて彼女に渡しました。残念な がら彼女から連絡はありませんでしたが、それから数年後にこの名曲が生まれました。 1950年台後半から70年代にかけてブルー・ノートに数多くの作品を残したピアニスト、ホレス・ シルヴァーが1965年にリリースしたアルバムです。64年2月にそれまで約5年間共に過ごしたクイ ンテットを解散したシルヴァーは単身ブラジルに向かいまだブレイク前のセルジオ・メンデス宅 に宿泊しそこで本場のサンバに触れました。地元のミュージシャンとセッションしたり、カーニ ヴァルを見たりして過ごしているうちに以前父親から言われたことを思い出します。シルヴァーの 父親は北西アフリカの島国カーボベルデ共和国出身で(15世紀から1975年まではポルトガル領で 音楽的にはアフリカやブラジルの影響を受けている)以前父親から故郷の音楽とジャズを組み合 わせてみてはどうかと言われたことでした。アメリカに戻ったシルヴァーが新たなクインテットと 共に録音したのが『Song for My Father』です。「ホーンのような右手、ハンマーのような左手」 と言われたシルヴァーのピアノとテナー・サックスとトランペットの2管を常にフロントに置いた 彼のグループはファンキーの一言で到底表すことが出来ない格好良さがあります。コンポーザーと しても最高でつい口ずさみたくなるようなメロディーはいつ聴いても新たな発見があります。4曲 でテナーを吹いているジョー・ヘンダーソンのちょっと硬派な感じのプレイもとっても良いです し、解散前の黄金のクインテットと言われたメンバーとの未発表音源もアルバム・ジャケットの シルヴァーの父親の写真もご機嫌な1枚です。 ショップのBGMにはどうかと少し悩みましたが、1年で最も早く終わってしまう2月ならいいかと 思い紹介することにしました。ジミ・ヘンドリックスが1967年にリリースした2ndアルバムです。 圧巻のギター・プレイはもちろんですがそのソング・ライティングと創造的な詩、ヴォーカルの才 能が炸裂した12曲(他1曲はベイスのノエル・レディング作でヴォーカルもノエルが担当)。 1970年に27才で死んでしまったから50年以上経ちますが今もその輝きは何ひとつ失せることな く、「Little Wing」のイントロを聴くたびに、こんな出だしで始まる曲があるのかと毎回どうし ようも無く感動するのです。